皆さんごきげんよう。
観光ビザが解禁され、非ムスリムでも入国が可能になったサウジアラビア。
今回は、メディナにあるイスラム教第2の聖地「預言者のモスク」を訪れました。
元々、非ムスリムはご法度であるはずの神聖な場所ですが、日本人で非ムスリムの私は問題なく立ち入ることができるのでしょうか…?
早速参りましょう。
Prophet's Mosque, Medina, Saudi Arabia
以下、メディナの関連記事の紹介です。もしよろしければ併せてご覧ください!
【イスラム教第2の聖地】預言者のモスクへ
預言者のモスク。
ムスリムにとって重要な意味を持つ聖地です。
インスタ映え狙い?
謎のオブジェを通り過ぎると…
預言者のモスクに到着!!
日差しを防ぐための巨大傘が広がっていました。
巨大傘は遠くまで続いている。なんか不思議な光景。
まるで有機生物のようだ。
ミナレット(尖塔)と巨大傘。
ミナレットは全部で10本。高さは105メートルあります。でかい!
私は非ムスリムですが、中に入れるのでしょうか?
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美しい内部の様子
結論から言うと、入れました。
入口にいた警備員的なおっちゃんたちに、入っていい?カメラもいい?と聞いたら、いいよ!と言ってくれました。
バックパックとサブバッグを持ち一眼レフをぶら下げた見た目完全旅行者でしたが、入れましたね。
実は最初、入ってもいいけど、荷物は靴置き場に置いていくように、と言われたのですが、私が、盗まれないか心配…的な表情をしているのを見て、まぁ荷物もいいよ、入りな、と荷物と一緒に入ることを許可してくれたのでした。
ありがとう!
縦アングル6連発!!
というか内部広すぎ。100万人の収容が可能なんだとか。
預言者のモスクの歴史とムハンマド
さてここで預言者のモスクの成り立ちを簡単に見てみましょう。
622年、ムハンマドは信者を連れてメディナに移住(ヒジュラ)します。
その際、ムハンマドの住居として建てられたのが預言者のモスク(の前身)です。
その後、改築・再建を繰り返し、現在の姿は、1483年のマムルーク朝の頃に再建され、オスマン帝国時代に修復されたものです。
ちなみにヒジュラが起こった正確な日付は、西暦622年7月15日(木曜日)で、622年はヒジュラ歴(イスラム歴)元年とされています。
ヒジュラ歴は、月の満ち欠けを基準とする太陰暦で、1暦年は約354暦日。季節ガン無視で、毎年約11日ずつ太陽暦とズレます。
ヒジュラ歴の何年何月何日が西暦の何年何月何日に相当するか、ガチで計算するのは非常に面倒です。
再び外観とおまけ
傘が閉じられていました。
閉じた状態の傘も巨大だなー。なんかこのまま宇宙に飛び立ちそう。
5月上旬だというのにめちゃくちゃ暑い。
夏本番はどうなっちゃうんだろう。傘は本当に重要。
緑のドームと銀のドームが素敵。
緑のドームの下にはムハンマドの墓があります。
おまけ①
モスク内外では、けっこうな数の人たちに声をかけられました。
その中で多かったのが、俺たちの写真を撮ってくれ!というもの。
何人もの人たちと、SNSやメールアドレスを交換しました。
写真はモスクの中にいた清掃員です。
私が佇んでいるとゾクゾクやって来ました。仕事しろw
おまけ②
写真に慣れていない感じが面白かったです。
それまでじゃれ合っていたのが、カメラを向けると途端に真顔。
他にもたくさん人物写真があるのですが、省略します。笑
おわりに
さて、いかがでしたでしょうか。
ムスリムにとって重要な意味を持つ聖地「預言者のモスク」を訪れました。
知人は中に入るのを断られたと言っていたので、私はたまたまラッキーだったかもしれません。
荒涼とした砂漠地帯に栄えるメディナの町。
そこに世界中から集まるムスリム。
神聖な雰囲気を感じずにはいられませんでした。圧巻でした。
今回訪れることができて良かったです。
★預言者のモスク
(訪問:2023年5月)
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